弁膜症

心臓のしくみと弁膜症

心臓は、筋肉でできた中空の器官で全身に血液を送り出すポンプの役目をしています。心臓の重さは、成人で約200~300グラム、握りこぶしくらいの大きさです。心臓は右心房、左心房、右心室、左心室の4つの部屋にわかれ、右心房と左心房の間には心房中隔、右心室と左心室の間には心室中隔という壁があります。血液の循環には、左心室から送り出された血液が全身をめぐって右心房に戻ってくる経路と、右心室から送り出された血液が肺を通って左心房に戻ってくる2つの経路があります。心臓は、1分間に60~100回程度の規則的な収縮と弛緩を交互に繰り返しており、血液が確実に一方向のみに流れるよう、それぞれの心室には血液を心房から取り込む弁と、血液を血管へ送り出す弁があります。左心室の入口には僧帽弁、出口には大動脈弁があり、右心室の入口には三尖弁、出口には肺動脈弁があります。弁は弁尖という薄い膜でできており、一方向のみに開いたり閉じたりするようになっています。僧帽弁には2枚、三尖弁、大動脈弁、肺動脈弁には3枚の弁尖があります。僧帽弁と三尖弁の弁尖は、弁が閉じるときに心房側に反転しないように、ヒモ状の腱索と呼ばれる組織によって心室側の乳頭筋と呼ばれる筋肉の盛り上がりとつながっています。この弁尖と腱索がパラシュート状になることで、心室から心房への逆流が阻止されます。大動脈弁と肺動脈弁には、腱索や乳頭筋とのつながりはありません。3枚の各弁尖がポケット状となっており、心室から血液が送り出された後、この3枚のポケットがそれぞれ膨らむことで、大血管から心室への逆流を阻止します。弁尖が変性したり、腱索や乳頭筋が断裂・損傷したりすると、弁尖が反転し、弁に血液の逆流が生じます(閉鎖不全症)。弁尖が硬くなり、弁尖同士が癒合したりすると開き具合が悪くなり、弁を通る血液の量が減少します(狭窄症)。弁にはこういった2種類の障害が起こり、弁膜症とよばれます。

心臓弁膜症の種類と成因

心臓弁膜症の大部分が僧帽弁疾患と大動脈弁疾患です。前述のように、心臓弁膜症は狭窄症と閉鎖不全症に大別され、僧帽弁、大動脈弁においてはこの2つの病態が合併する場合もあります(狭窄兼閉鎖不全症)。その成因として、先天性、リウマチ性や外傷性などもありますが、現在では動脈硬化や加齢によって弁尖に生じる変性や石灰化が多くなっています。

心臓弁膜症に伴う代表的な合併症とその症状

心房細動

僧帽弁の狭窄や逆流により左心房に負荷が生じることによって起こることが多く、動悸や脈の不整など症状が出現します

血栓塞栓症

僧帽弁の狭窄や逆流により左心房が拡大し、さらに心房細動が合併すると左心房内で血流のうっ滞が起こり、血栓(血液の凝血塊)が生じやすくなります。左心房で形成された血栓は、左心室の収縮によって脳をはじめ全身の血管へ送り出され、血管を閉塞すると血流が遮断されるため脳梗塞や四肢の壊疽(えそ)を起こします。

心不全

左心不全は大動脈弁疾患や僧帽弁疾患などにより左心室や左心房は慢性的に余分な仕事する必要があり結果的に左心室の血液を送りだす能力の低下を来しや肺に血流のうっ滞(肺に血液が溢れること)が起こることで、息切れや呼吸困難などの症状が出現します。右心不全の多くは、左心不全に続発して右心室の機能が低下した状態で三尖弁に逆流が生じることがあります。三尖弁が逆流すると全身から心臓に戻る血管(静脈)に血液のうっ滞が起こり下肢のむくみ、肝臓の腫大、腹水などの症状が出現します。

感染性心内膜炎

弁の開閉に異常があると、弁尖に菌が付着しやすくなります。菌が付着すると、弁尖の破壊が急速に進み、心不全を起こしたり、菌塊の一部が弁尖から離れて脳をはじめ全身の血管を閉塞する塞栓症(脳梗塞、下肢壊疽)が生じたりします。

代表的な心臓弁膜症

大動脈弁狭窄症

左心室から大動脈(全身)への血液が十分に送り出せない状態です。左心室に慢性的に圧による負担がかかります。原因としては、リウマチ性、先天性、加齢性変化があります。近年、社会の高齢化に伴い動脈硬化性病変が主体の加齢性変化による患者様が増加しています。初期は、左心室の筋肉が肥大することで代償機構が働き、長期間無症状で過ごします。しかし、無症状であっても弁の狭小化が年齢とともに進行します。代償期間は長く、無症状で病態が進展するため、息切れ、狭心痛、失神発作など症状を自覚するときにはかなり進行した状態であることが多いのが特徴です。狭心症状が出現してからの平均余命は約5年、失神発作では約3年、心不全では約2年とされており、突然死も10~20%みられます。治療は、弁の変化は進行性で、薬物による内科的対症療法では突然死を防止することは難しいため、外科的に人工弁を用いた置換術を行います。80歳以上、診断され外科的治療のタイミングを迎える場合も多いのが本疾患の特徴でもありますが、現在では身体への侵襲が少ない(人工心肺装置を使用しない)カテーテルを用いた大動脈弁置換術(TAVR:経カテーテル的大動脈弁置換術)も行うことができ、ご高齢であっても外科的治療が可能な患者が増加しています。

人工弁には機械弁と生体弁の2種類あります。機械弁はすべて人工材料で構成されており耐久性に優れており、一度の弁置換で生涯使用できる可能性があります。機械弁で注意がすべき点はワーファリンという抗凝固薬を内服し、血液の凝固機能を抑える治療を生涯にわたって必要とすることです。抗凝固薬の調節が不良の場合、血栓塞栓症(脳梗塞など)を起こしたり、反対に出血(脳出血など)が起こったりします。機械弁による人工弁置換術を受ける患者さんは抗凝固薬を毎日内服できることが条件となります。妊娠する可能性のある女性や血液や肝臓の病気で出血しやすい人には使用しにくい薬剤であるため、機械弁を選択する場合はこれらのことを考慮しなければなりませんので、遠慮なく当科医師にご相談ください。

生体弁は、ウシの心膜もしくはブタの大動脈弁が弁尖として用いられ、これを支えるステントと呼ばれる部分と心臓へ縫い付けるソーイングカフと呼ばれる部分で構成されています。弁尖が生体でできているため、抗血栓性に関しては機械弁に比べ優れています。手術後1~3ヶ月程度はワーファリンの内服をしますが、それ以後は必要としません。出血や血栓症の心配はありません。問題点としては機械弁と比べ耐久性が劣ることです。劣化には個人差はありますが、15年から20年が耐用期間となります。劣化した生体弁は、再度交換が必要となります。前述した抗凝固療法が行えない患者さんや一般に60歳以上の人で生体弁が推奨選択されます。

僧帽弁閉鎖不全症

正常な僧帽弁は、左心房から左心室へ血液が移動するときに開き、左心室が大動脈へ血液を送り出すときには閉じます。僧帽弁閉鎖不全症は、弁尖の退行性変化により左心室から大動脈へ送られる血液の一部が左心房へ逆流するため左心房の圧が上昇し、さらに肺に血液が溢れてしまいます。その分、左心室は余分に仕事をしなければなりません。慢性的な僧帽弁閉鎖不全では、左心室と左心房は大きくなってきます。大動脈弁狭窄症同様に初期は代償機構が働き、無症状に経過します。やがて、代償が困難になると息切れなどの心不全症状が現れたり、心房細動を発症し、動悸や脈の不整を自覚したり、脳梗塞を代表とする血栓塞栓症を引き起こします。食欲不振、全身倦怠感や下肢のむくみ、肝臓の腫大、腹水など右心不全症状も生じる場合もあります。利尿剤などの薬物的療法で症状は改善する場合が多いですが、運動や精神的なストレスで容易に症状が再燃します。また心房細動が発症すると血栓塞栓症を予防する目的で生涯にわたって抗凝固療法が必要となります。外科的治療法は、大動脈弁狭窄症のような人工弁置換術に加え僧帽弁形成術があります。これは自己の弁を温存し、これをうまく切ったり、縫い合わせたりして形を整えることで逆流を制御する方法です。これができると患者さんにとっては大きなメリットがあります。逆流を制御する効果では人工弁と同等であり、人工弁に伴う合併症の心配がなくなるからです。すべての患者さんに弁形成術ができるわけではありませんし、人工弁置換術に比べ手術手技の難易度があがり、外科医の経験がより必要となります。当科ではより積極的に弁形成術に取り組んでおり、患者さまから十分な満足を得られております。

連合弁膜症

生命は、血液が肺循環と全身循環をすることで維持されており、これらは心臓を中心に一方向へ流れています。心臓のそれぞれ4つ弁は、血液循環の中で密接に関連しており相互に影響をうけやすくなっております。以上から複数の弁膜症が合併している場合も珍しくありません。このような病態を連合弁膜症といい、単一にものより症状も重く、重症度が高くなります。外科的治療も同時に複数の弁に対して治療介入が必要となります。

心房細動

心房細動は心臓弁膜症の代表的な合併症にあげましたが、脳梗塞を代表とする血栓塞栓症を来たします。これを予防するためには生涯にわたって抗凝固薬を内服する必要がありますが、脳出血など出血のリスクがあります。心房細動の治療には電気的除細動や薬物的除細動または病態によっては経カテーテル的電気的焼灼術などがありますが、弁膜症やその他心臓手術と同時にメイズ手術と呼ばれる外科的除細動する方法もあります。薬物的除細動が困難な患者さまにも効果がある場合も多く、当科では積極的行っております。

心臓弁膜症などの心臓病は病気を理解するのが難しい、外科的治療するのは怖い、不安だと感じている方が多いと思いますが、一度当科医師にご相談ください。